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ポップコーンはキャラメルかバター醤油

自業自得の超高層サバイバル『FALL』(2023)

『FALL』は、スコット・マン監督による映画作品。2023年公開。監督はイギリス出身だが、製作国はアメリカ(もしくはイギリス・アメリカ合作)と表記されている。

面白そうだけれど、いわゆるワンシチュエーション系の低予算B級映画っぽい雰囲気が強すぎて、公開当時は結局劇場まで観に行くことはなかった。

今回アマプラで視聴したのは、知り合いに「面白かったから観てみて」と勧められたからだ。この人とは度々好きな映画やドラマの話をしていて、以前私が勧めた『ストレンジャーシングス』にもハマってくれたので、彼女が良いと思ったならそれなりに面白いのかも、と観る気になった。

 

 

映画『FALL』とは

「シャザム!」のグレイス・フルトン(グレイス・キャロライン・カリー)とドラマ「マーベル ランナウェイズ」のバージニア・ガードナーが主演を務め、2022年版「スクリーム」のメイソン・グッディング、ドラマ「ウォーキング・デッド」シリーズのジェフリー・ディーン・モーガンが共演。「ファイナル・スコア」のスコット・マンが監督を務めた。

(映画.comより引用)

eiga.com

監督も俳優も、日本での知名度は正直あまりない。が、各配信サイトでの公開が始まると作品評価がぐいぐい上がり、特にNetflixでは大ヒットしているらしい。

世界的にも評価されており、制作費300万ドルに対し世界興行収入は2000万ドル以上。これを受けて本作は3部作となることが決定している。ゴリゴリの資本主義がもはや潔い。

 

主演のグレイス・キャロライン・カリーは4歳の頃から芸能活動を続けているベテラン俳優。バージニア・ガードナーはモデル活動やドラマ出演などで知られている。いずれも本作のヒットにより注目が集まり、業界でも話題となっているのだそう。

ちなみに、グレイス・キャロライン・カリー演じる主人公ベッキーの吹き替えは、『ウマ娘ビワハヤヒデ役の近藤唯バージニア・ガードナー演じるハンターの吹き替えは、アニメ『推しの子』有馬かな役の潘めぐみ。実写吹き替えとなるとアニメで演じる時とは全然声が違って、プロの声優ってすごいなぁと驚かされる。

 

あらすじ

岩山でのフリークライミング中に夫が滑落死。彼の死を間近で見た妻のベッキーは、一年経ってもその悲しみから立ち直れず、家族や友人を遠ざけ、酒に溺れる生活を送っていた。そんな時、かつてのクライミング仲間である親友ハンターが、新たな冒険の計画を持ち出す。その行き先は、地上600mの巨大なテレビ塔。夫の遺灰を撒いてすぐに帰るはずだったが、老朽化したハシゴが崩れ落ち、二人は塔の上の小さな足場に取り残されてしまうのだった。

 

***

あらすじだけ見るとシリアスな内容にも思えるが、登場人物全員おバカなので雰囲気的にはわりと明るくて軽いノリ。ちなみにアマプラのジャンルは「アクション/サスペンス/楽しい」となっている。楽しいはちょっと言い過ぎかもしれないけどまぁ大体そんなかんじである。

 

 

感想(ネタバレなし)

【重要】まだ見ていないならネタバレは回避して!

まず最初に警告しておきたいことだが、この物語にはある隠された仕掛けがある。初見でしか味わえない要素があるので、少しでも興味がある人は今すぐこのページを閉じて、各配信サイトで実際に視聴してほしい。

前評判だけ見ておこうかな~とSNSで感想を読み漁っているとしょうもないネタバレを食らうので絶対にやめた方がいい。

 

最高レベルのワンシチュエーション作品

限られたスペースでいかに作品に厚みを持たせるかのアイディア勝負になるのが、こういったワンシチュエーション系の作品。登場キャラクター数が少なく、場所の切り替わりもほぼないので、うまく作らなければ退屈な作品になってしまう。が、本作はストーリー展開とカメラワークで見事に演出がされ、退屈さを感じさせない工夫が常に施されていた。

CGのレベルも高く、高所を登るシーンは見ているだけで思わず汗が滲む。鉄塔のビジュアルはあまりにも高すぎて現実離れしている……かと思いきや、実際にカリフォルニアに存在する高さ625mの鉄塔がモデルとなっているのだから驚きだ。

 

共感ゼロでも手に汗握るサバイバル

「古い鉄塔に登ったらハシゴが壊れて降りられなくなっちゃった」というおバカな話を成立させるためには、必然的に登場人物たちのIQを下げなくてはならない。

主人公のベッキーはどちらかというと慎重派だけれど、周りにはスリルを求めて危険行為を繰り返すパリピしかいなくて、「一緒にやろうよ!やりなよ!」と言われたら断れずに何でもやってしまう。

親友のハンターは、胸を盛ってフォロワーを釣り、危険なチャレンジで再生数を稼ぐ、バズのためなら手段を選ばないタイプ。刺激がなければ生きられない根っからの冒険者気質で、根拠のないポジティブ思考で周囲を窮地に追いやっていく。ベッキーの夫・ダンも、崖から落ちそうになりながら「気分最高!」と発言するなど、大概おかしいやつである。

登場人物がこんなメンツなので、すべては「自業自得」の四文字で片づけられてしまうから、感情移入も共感もしない。けれども映像としてのハラハラドキドキ感はある。こいつらが死んでも悲しくはないけど、ここから一体どうなるの?という作品への興味は惹かれ続ける。このバランスが絶妙で素晴らしかった。

 

ゲームのようなアイテム収集と伏線回収

鉄塔の上の世界では、目に見えるものすべてが生存のためのアイテムだ。まるで脱出ゲームをプレイしているかのように、ひとつひとつのアイテムを適切なタイミングで使うことで、ゲームクリアへと近づけていく。得たものや知識を駆使して生存戦略を立てる流れが面白い。

そして、物語にメリハリをつけるためには、やっぱり伏線回収は必要。前半にちょっとした違和感や明かされない謎をちりばめて、後半にしっかりとその謎の答え合わせをする。何でもない日常会話の内容を、後からサバイバルテクニックとして適用する。「さっきのシーンってこういう意味だったんだ!」という驚きと気持ち良さがこまめに仕掛けられていることで、ダレることなく作品に集中できた。

 

倫理観は終わっている

現実ではやっちゃいけないことでも、映画の中なら表現できる。たとえば殺人とか、大きな宝石を盗むとか、線路の上を車で走行するとか。

でも、この作中で描かれているのはもっとリアルなことだ。カフェでの充電泥棒とか、動画撮りながらの不法侵入とか、生々しい動物の死骸を面白おかしくSNSに載せるとか。愚かなティーンエイジャーがやりがちなことを容赦なくぶっ込んでいる。

だからこそ鉄塔の上に取り残されても「ざまぁ」としか思わないので視聴者の気持ちが軽くなるというメリットはあるが、途中まで本当に終わってんなこいつら……という感想しかなかった。そんな突っ込みどころも含めて面白い作品ではある。

 

グロシーンはないがオシッコとゲロはある

作中のグロ描写はほとんどない。もちろんストーリーの都合上、死体および死骸の描写はあるのだが、グロを目的とした気持ち悪い場面はまったくと言っていいほど無い。性的なシーンも同じくほぼゼロ。ハンターは配信のためにめちゃくちゃ胸を盛っているので、胸が気になる視聴者はいるだろうが(ハンターのインスタフォロワーのように)、直接的な性描写は一切ないので安心して観られる。

その代わり用意されているのが、オシッコとゲロのシーン。血しぶきを浴びる描写も少しだけ。やっぱりこういうちょっと汚いシーンがあるとB級だな~と思わされる。

 

教訓めいたテーマは響かない

この作品の道徳的なテーマをざっくり言うと、「人生は儚いものだから、一瞬一瞬を大切に生きよう」ということ。

それ自体は間違いではないけれど、だからといってその一瞬一瞬をより濃い時間にするために自らを危険に晒す必要はない。「恐怖に打ち勝つ」という台詞もあったが、人間の強さは度胸試しで測るものではない。死の恐怖を体験しないと生を実感できないのはある意味異常な状態で、ベッキーはハンターの理論を「心に響いた」と言っているが、普通の人には共感できない。サバイバルとしては面白いが、ここから何か教訓を得られるものではなかった。

 

以上、ネタバレなしの感想。

これ以降はネタバレを含み、より詳細な部分の感想を記録するので注意願いたい。

 

 

※以下ネタバレ注意※

感想(ネタバレあり)

サバイバルスリラーにプラス要素増し作品

メインとなるのは鉄塔の上でのサバイバル。しかし話が進むにつれて他の要素も盛り込まれ、ストーリーに変化が現れる。

まず、序盤からいろいろと匂わせておいてからの「じつは裏切られていた」という胸糞展開。そして、ちらほら感じる違和感の正体を目の当たりにする「じつは途中から虚構の存在だった」というホラー展開。単に鉄塔から降りられなくなったことへの物理的恐怖だけでなく、サイコホラー的な要素も混ぜ込むことで、視聴者は新鮮な驚きと恐怖感を与えられる。サバイバル1本で終わらせないストーリーが、この作品の完成度をぐっと上げている。

 

やっぱり倫理観は終わっている

視聴後の満足感は確かにあった。だがそれはそれとして、第一印象はやはりこれだ。ストーリー上の都合とかフィクションであることを考慮しても、どう考えても倫理観が終わっているやつしかいない。

ベッキーとハンターが作中で取った行動を挙げていくと、

①飲酒運転(未遂)

②電気窃盗

スマホで撮影しながら運転

④不法侵入

SNS映えのための危険行為

⑥器物破損

⑦不倫

特殊なシチュエーションのサバイバルスリラーを描くためにはこんなに登場キャラをおバカにしないと成り立たないものなのか。害悪YouTuberの最たるもののような設定に思わず突っ込んでしまう。ここまで終わっているといっそ清々しいもので笑えてくるから不思議だ。

ちなみに衛生観念も終わっているので、空腹に耐えられなくなると鳥の生肉を食べ始める。現実的に考えるとお腹を壊して脱水になるおそれがあるので、普段食べられないものは緊急時でも食べない方がマシだと思う。

 

なぜか嫌いになれないキャラクターたち

上記のとおり、登場キャラクターはIQ激低の問題児ばかりなのだが、不思議とイライラせずに観られるのは映画としての作りが上手いからなのだろうか。

特にハンターは、言ってしまえばこのサバイバルの元凶となった存在なのだが、私はなぜか嫌いになれない。

無鉄砲で無責任、理由のないポジティブ思考、仲間を滑落死で失ってもなお自分たちは絶対に死なないと信じている愚かな女性。だが、不安がって弱音ばかり吐くベッキーに対し、ハンターは常に明るく励ましている。「あんたすごいよ!」「いい感じだよ!」と褒めて鼓舞し、トラブルが起きても冷静さを保とうと思考を続け、サバイバルのために危険な試みを率先して行う。

ハンターのせいで危険に巻き込まれたけれど、ハンターがいたからこそ絶望的なサバイバルに対して希望を見出すことができたのかもしれない。そしてハンターのおバカなキャラこそが本編をシリアスな空気にさせず、笑って見られるテンションにしていたとも言える。

 

ベッキーは常に不安定で過呼吸気味で(無理もないが)頼りない感じがしたが、吹っ切れてからは鳥の首をへし折ったり、ハンターの死体を完全に無機物として扱ったりと、とてもたくましくなった。自業自得ではあるものの、たった一人で極限のサバイバルを続けたベッキーのこともまた嫌いになれない。

でもダンは普通にクズ男なので無理だった。報復受けてほしいのに既に死んでいるから詰められもしなくて無理だった。

 

A級のB級映画

メリハリのあるストーリー、シリアスとコメディのほどよいバランス、ハイクオリティなCGでリアリティのある映像、女性二人による危なっかしすぎるサバイバルアクション、そしてシナリオの隠し要素。

とても完成度の高い作品だが、これを劇場で観るべきだったか?と考えると……そうとは言えない。家のリビングで時々突っ込みを入れつつ気楽に観るのがちょうどいい。

そう感じる要素のひとつが音響・音楽だ。この作品、印象的な音楽がメインテーマとチェリーパイの曲しかない。作中はメインテーマが何度も繰り返し流れるので、聞き慣れすぎて「またこの曲かよ」とだんだん笑えてくる。良くも悪くもシンプルなので、こちらの視聴スタイルもシンプルにした方がバランスが取れるのだ。

とはいえ面白い作品ではあるので、おうち映画としてはじゅうぶんおすすめできる。

 

おわりに

現実離れした鉄塔上のサバイバルでハラハラドキドキ、突っ込みどころも含めて楽しめる映画『FALL』。ここから第2部以降もサバイバルスリラー系で制作されるのだろうか。しばらくは注目のシリーズ作として話題になりそう。今後の監督作品にも期待したいと思える映画だった。