『ミンナのウタ』は、清水崇監督による日本のホラー映画。2023年公開。
『呪怨』で有名な監督だが、最近は『犬鳴村』を始めとする村シリーズで肩透かしを食らわされ続けた結果、どうせ今回も怖くないのではという雰囲気が漂っていた。
しかし蓋を開けてみれば、「ド直球なJホラー」「油断していたが怖かった」という評価が多く、ホラー好きの間でも意外と好意的な感想が多い。実際どうなのか、アマプラで視聴してみた。
映画『ミンナのウタ』とは
ジャパニーズホラーの巨匠・清水崇監督 最新作
『リング』貞子/『呪怨』伽椰子に次ぐ、最狂ホラークイーン誕生
一度聴いたら伝染する呪いのメロディーを奏でる、少女・さなの怪異が迫り来る───
ハリウッドリメイクもされジャパニーズホラーの一時代を牽引した『呪怨』、近年では『犬鳴村』をはじめとする<恐怖の村>シリーズの大ヒットなど、オリジナル作品を発信し続ける清水崇監督の原点回帰を思わせる最新作。
得体の知れない、“人間の情念” が一番怖い
ジャパニーズホラーの真髄がここに
このメロディー、口ずさんだら最期───
(公式サイトより引用)
『ミンナのウタ』は、さなという少女の狂気が描かれる物語。村シリーズのような「村の悪しき風習」「土地の呪い」といった概念的なホラーと違い、一人の明確な元凶が存在する。霊現象的な不気味さもさることながら、人間の持つ底知れない闇を題材とした王道ホラーだ。
監督の次作となる『あのコはだぁれ?』(2024)にも通じる内容となっており、さなという少女を新しい時代のホラーアイコンにしようという想いが感じられる。
ちなみに公式サイトは『さなのホームページ』として作られており、さなが歌をカセットテープに録音した平成時代のインターネットに寄せてデザインされている。細部へのこだわりがすごい。
あらすじ
(公式のあらすじはあまりにも長かったので冒頭のみ紹介)
人気ラジオ番組のパーソナリティを務める、GENERATIONSの小森隼。収録前にラジオ局の倉庫で30年前に届いたまま放置されていた「ミンナノウタ」と書かれた一本のカセットテープを発見する。その後、収録中に不穏なノイズと共に「カセットテープ、届き…ま…した…?」という声を耳にした彼は、数日後にライブを控える中、突然姿を消してしまう。
(公式サイトから引用)
この作品の最大の特徴は、GENERATIONSのメンバーが本人役として登場すること。ちょい役かと思いきや、最後までしっかりメインを張っている。
GENERATIONS主演で映画一本作りましょう!という大人の事情で作られたやつか……と誰もが油断していたはずだが、意外にもホラーシーンの気合いの入り方がすごい。ホラーが苦手なファンの方にとっては、なかなかの苦行かもしれない。
少女の作った歌を口ずさんだ者が次々に消えていく。歌を聴いた者はそのメロディーを無意識に歌ってしまい、周囲の人間へと歌が伝染していく。少女・さなとは一体何者なのか?……というのがざっくりとした本作の内容だ。さなの正体に迫っていくのがマキタスポーツ演じる探偵の男とGENERATIONSのメンバー、そして早見あかり演じるマネージャーである。
感想(ネタバレなし)
GENERATIONS×清水崇
この映画はGENERATIONSファンのための映画であると同時に、清水崇が表現したいホラーを盛り込んだ作品でもある。ホラーはアイドルの登竜門的なもので(GENERATIONSはアイドルではないが)これまでにもそういったホラーは数多く制作されてきた。本作もキャストありきの内容でホラーは二の次な作品と予想していたが、意外にも清水監督の癖やこだわりがしっかりと感じられる。どちらのファンも楽しめる内容となっていた。
母親の恐怖演出が優勝
本作が怖いとされる最大の要素は、さなの母親の登場シーンだろう。一見優しそうな母親だが徐々に様子がおかしくなり、最終的には全力の顔芸でキレキレのホラーをかましてくる。すべての登場人物の中で圧倒的存在感を放ち、演技部門は完全に優勝。大変インパクトあるシーンだった。
『シャイニング』や『ヘレディタリー』にも通じることだが、怖いホラー映画はだいたい役者の顔が怖い。その意味でも本作の母親は、作品全体の印象を決める重要なキャラクターだった。
テンポ感は微妙
GENERATIONSの全メンバーに見せ場を作らないといけないのはわかるが、いかんせん数が多いので同じようなシーンを繰り返されている気がしてくる。物語前半、探偵が一人ずつ聞き取りをするシーンがまさにそうだった。メンバーそれぞれが断片的に証言する流れはずっと同じ室内で、代わり映えしないので飽きてしまう。霊に襲われるシーンも全員分あるから、見る方も大変。
あと、途中で画面がカラオケ映像っぽくなるコメディシーン(?)があるのだが、一曲でも多く挿入歌を流したいだけの演出としか思えないし正直滑っていた。
少女の狂気
伝染する歌の作曲者である少女・さな。彼女は一体何者なのか。彼女の印象について担任教師と同級生とで食い違いが生じていたが、本当の彼女はどんな思考で、何をやってきたのか。一本のカセットテープを何度も聴きながら、徐々にさなの本性に近づいていく展開は面白い。B面の存在や逆再生などのホラーあるあるテクを駆使しながら、テープに込められたものを解き明かしていく。
ちなみにSNSでは「平成5年が30年前だという事実が一番怖い」という意見があった。もっともな話である。
呪怨のセルフオマージュも
さなの弟の名前が『としお』であるなど、呪怨を思わせる演出がところどころで見られる本作。一番見たくないものが布団の中から出てくる最悪展開、通称「布団バリア破壊」のシーンも再現されていた。呪怨シリーズが好きな方ならより楽しめるかもしれない。
グロはほぼない安心設計
初見は気になるであろう、「このホラーはグロいのか?観ても大丈夫なのか?」という問題。ホラー映画なので誰も死なないというわけにはいかないが、グロテスクな血や肉の描写はない。腕が傷だらけになるシーンが少しあった程度のレベルなので、グロが苦手な人は安心して観てほしい。グロがなくても怖いシーンはちゃんと怖いと感じられるので、そこも安心してほしい。
※以下ネタバレ注意※
感想(ネタバレあり)
さなの狂気とは何なのか
ラジオ番組に自作の歌を送り、多くの他者に歌を聞かせようとしたさな。学校の文集の中で、彼女は冒頭から「夢は私のウタをみんなに届けて、みんなを私の世界に惹き込むこと」「みんなの魂の声を聞き、集めたい」と綴っていた。
彼女の言う「魂を集める」とは、生き物の命を奪い、断末魔をテープに録音して収集すること。動物、同級生、母のお腹にいた赤ちゃん、そして遂には自分自身の死を録音すべく、両親を誘導して首を絞めさせた。さながいつも首にかけているテープレコーダーは、最後に自分の断末魔を録音するための物だったのだ。
クライマックスではなぜか掃除機のコードと一体化したさなが歌いながら威嚇してくる。黒い血管が浮き上がった皮膚が不気味でありながらも、少女らしい可愛らしさも残した絶妙なビジュアルだった。
さながなぜこのような発想に至ったか、明確には分からない。母親から「産むんじゃなかった」と言われたというさなの発言が本当なら、親からの愛情不足で歪んだ考えを持つようになったのかもしれない。しかし、いじめられているふりや嘘をつく描写もあることから、元々サイコパス気質で物心ついた時から社会的に逸脱した思考を持っていたとも考えられる。
Jホラーの怨霊というと、生前は被害者で死後に恨みを募らせ呪いとなるパターンがなんとなく多い気がするが、本作のさなは生前から加害者という設定が新鮮。次回作でもまだまだ深堀りできそうなキャラクターである。
呪われた高谷家
ネタバレなしの項目でも書いた母親の恐怖演出。さなの実家である高谷家でのシーンだ。玄関に入ると、奥の部屋から妊婦の母親が顔を出す。彼女は「今は手が離せないので少し待ってほしい」と話し、二階にいるさなに向かって自室を掃除するよう声をかけ、奥の部屋に引っ込む。
しばらくするとまた顔を出し、「今は手が離せないので……」と先程とまったく同じ会話、二階への声かけを繰り返し、奥に引っ込む。
しばらくするとまた顔を出し、「今は手が離せないので……」
無限ループである。おかしいと気づいても体が固まってしまい動くことができない。するとループのパターンが急に変わった、かと思いきやものすごい勢いでこちらに突進してくる母。劇中屈指のホラーシーンだ。
さらに恐ろしいことに、母の登場シーンは一度だけではない。ホテルの部屋で縮こまっていると、部屋のドアがゆっくりと開き、母が顔を出す。「今は手が離せないので……」例の言葉を繰り返す。
もはや驚きや恐怖を通り越して絶望である。高谷家に直接行かなくても、扉さえあればそこから母親が出てくるかもしれない、逃げ場のない絶望。これぞ隙を生じぬ二段構え。ホラー監督の本気を感じた。
さなの家族の存在とは
さなの首をコードで締め上げて殺害した両親。さなに誘導されたとはいえ、人間一人分の重さを何の疑問もなく引き上げ続けるのは無理がある。しかもドアのガラス越しに見える娘の影が明らかに浮き上がっており、誰が見ても異常な状態であることは明白だ。しかし両親はコードを引っ張る力を緩めなかった。母親は狂気の表情。
おそらくだが、両親は自分たちが何をしているのか分かっていたのではないか。さなが妊娠中の母に危害を加え、実の弟を襲ったことで、両親の精神は限界だったはずだ。さなの死後に高谷家は廃墟化し、母親はこの世のものではなくなっている。
疑問なのは、弟・としおの存在。霊として出てくる彼は赤ちゃんではなく、成長した子どもの姿をしている。お腹にいるうちに殺されたことと辻褄が合わない。
可能性はふたつ。ひとつは、としおが死んでいなかった説。さなに襲われても一命を取り留め、あの年齢まで生きていた説だ。もうひとつは、あの子どもはとしおではなく全然別の幽霊説。これだとしたらさすがに怖い。誰?
垣間見える大人の事情
ホラー映画としての見どころはあるものの、やはり「GENERATIONS主演映画」という大前提がある以上、GENERATIONSの方に丁寧なスポットライトが当たっている本作。
全員にセリフと見せ場があり、ダンスシーンも入れて、BGMとして楽曲(計10曲)を流し、メンバーが汚れを被る描写は一切ない。本編では恐怖でこわばった表情を多く見せていた代わりに、最後は華やかなライブ会場で普段通りのエネルギッシュなパフォーマンスを披露して閉幕。
「GENEファンに向けたぬるいホラーかと思ったらしっかり怖かった」という評判に違いはないが、原点回帰のホラーというわりには大人の事情がノイズのようにチラついて見える。芸能事務所の指示の範囲内でホラー好きも満足できるヒット作を作らないといけない監督は大変だったろうな、というのが正直な感想だった。
おわりに
「予想よりずっと怖い」「呪怨レベルのホラー」と評価の高い映画『ミンナのウタ』。ホラーとして評価されている部分も理解できるがGENERATIONSの存在感がありすぎて、ファンサとホラーの温度差が激しい作品だった。
さなというホラーアイコンについても明かされていない部分が多く、次回作の『あのコはだぁれ?』への興味が高まる。清水監督のがっつりホラーが見られたら嬉しい。